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 まず一番に帝光中バスケ部から姿を消したのは、黒子だった。誰にも、何一つ言わずに、いつの間にかいなくなっていた。純粋に彼らしいと思う。青峰はただただ溜息をついて、黄瀬は黒子がどうしたのかしきりに聞いた。緑間は呆れたように「だから駄目なのだよ」と言っていて。赤司は、髪をいじっていただけだった。
 次にいなくなったのは、青峰だ。黄瀬が何度もワンオンワンに誘ったが、やりたくないと拒むのだという。緑間も数回理由を問いかけたらしいが、口を割らなかったらしい。赤司はやはり、無反応だった。
 次は黄瀬がいなくなる。青峰に勝負をしようと誘わなくなり、数日後のことだ。緑間は直接何かを言うことはなかったが、唇を噛み締めていた。赤司はやはり、無表情なままだった。
 緑間もいなくなり、赤司に声を掛ける。
「みんないなくなっちゃったよ」
 赤司は、何も言わなかった。



 今日一日が終われば、もう引退する。二人きりになった部室に名残は無かったが、ここから出て行こうとは思わなかった。
 自分はもう帰りたかったが、赤司が立ち上がろうとしないから。
 しかし赤司は、意味もなく何十分もボールばかりいじっているだけだ。
「赤ちん」
 いくらなんでも。そう思って名前を呼ぶと、赤司は案外あっさりとこちらを見てくれた。予想と違い、表情は無い。泣いているのかと思っていた。
「赤ちん、帰ろう」
 まいう棒のコーンポタージュ味を流し込みながら言う。いつもより、何故か味が濃くてしょっぱい。きっと先程まで、チョコレートのついたスナック菓子を食べていたからだ。
 赤司は「そうだね」と言い、動かない。手の中のボールも、いつの間にか転がることをやめている。だからと言って、赤司を促すために立ち上がる気にはなれない。
 長い間、時計の針の音ばかりが耳に響く。丁度秒針が三回と半分回ったあたりだろうか。赤司が口を開いた。
「黒子も、青峰も、緑間も、黄瀬も、いなくなることはわかっていたんだ」
「赤ちんは何でもわかっちゃうんだね」
 強がりからの言葉と知っていながら、それを称えた。赤司が何を求めているのかは、全く分からない。しかし、褒めておけば何とかなることは、随分前から知っている。赤司がそれに満足していないことも。互いに何かを訂正し合うのが面倒なだけだった。
「僕は最後まで、ポイントガードとして、主将として、良くあれたと自負してる。違うかな」
「赤ちんは赤ちんのままで、ずっとすごかったよ。みんな赤ちんがそうあったからここまでこれたんだ」
「でも、いなくなったじゃないか」
 悲しげな、寂しげな声色の割には、存外冷たい表情をしている。最初からそうしていたように、あのままの顔だった。それが見ていられなくて、誤魔化すようにスナック菓子を口の中に放り込む。
「どこが悪かったのか分からない。全員が口を揃えて"赤司が悪い訳じゃない"と言うけれど、それがまるで取繕われているようで、憐れまれているようで、酷い吐き気がした。最後まで残るのが馬鹿なようだった」
 確かめるようにゆっくりと唇が動いている。それを目で辿ると、一瞬引き結ばれた。何かを躊躇っているようだ。
「それだったら、俺は馬鹿なのかなあ」
 何となく感じたままのことを言うと、赤司の顔がくしゃりと歪んで、それから、薄い方の目の瞳孔が、僅かに揺れ動く。大きな瞳だ。見ているのが痛い。
「敦は、俺のことを捨てないでいてくれる?」
 珍しく赤司の言葉は厳しいものでない。純粋に問いかけている。しかしそれは、今まで聞いたどんな言葉よりも、強い強制力を持っていた。
「赤ちんがそうして欲しいなら」
 普段の態度でとても大きく見える体だが、抱き締めてみると、想像よりも遥かに小さく薄い。自分が大きいから、というのもあるかもしれないが、それでも赤司は小さいと思う。
「誓って。もう離れないで僕の傍にいて。僕のところに」
 震えている指先が、背中に回ることなどなかった。



 その後、赤司が洛山高校に行くのだと、噂で聞いた。それと同時期に、陽泉高校へ行って欲しいと赤司に言われた時「大丈夫?」と尋ねたのだが、その時の顔はよく覚えている。珍しく、優しい笑みを浮かべた赤司だった。
 それきり会話の一つ交さないままに秋田へと発ったが、赤司がひとりきりでボールを転がしているかどうかなんて、誰かの背中に小さな震える手を回しているかなんて、知る由もない。




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